海軍さんの珈琲

 

フクバタケのコーヒーは、私(店主)の両親の故郷、広島県呉市の珈琲店「昴珈琲店」さんの「海軍さんの珈琲」です。

「海軍さんの珈琲」は、旧帝国海軍の士官たちが戦艦大和で密かに飲んでいたコーヒーを、「昴珈琲店」さんが多大なる努力で検証、復刻されたコーヒーです。

このコーヒーは、今年(2020年)亡くなった私の祖父の思い出のコーヒーです。

海軍軍人だった祖父は、戦艦「金剛」に乗り組みののち、特攻に志願し、特殊潜航艇「海龍」での出撃日を前に終戦を迎えました。

戦後呉に暮らし、引退してからは近郊に移っていた祖父は、この珈琲を持っていくととても喜んでくれました。

そして私に、海軍で見たこと、海軍で思ったこと、戦地で自分を助けてくれた人、戦地で別れてきた人、二度と会うことができなかった人の話をたくさん私にしてくれました。

「人に助けられて今がある」

祖父はそのたびに言いました。

「自分も人のために働かにゃいけん」

言葉のとおり、祖父は、体が動くかぎり働き、亡くなるまで一人暮らしを通し、ボランティア活動にも参加しました。

「海軍さんの珈琲」をいただくたびに、私は、この香りの向こうに祖父が見ていたものを見ている気がします。

祖父の思い出の人々が、私にも語りかけてきてくれている気がします。

私がこのコーヒーに出会ってから四半世紀以上が経ち、祖父もこの世を去りましたが、変わらない香りは一層あざやかです。

この珈琲が開いてくれた時空の扉を、私は開き続けていたい。

料理や、文学、音楽がその鍵になることを教えてくれたのも、「海軍さんの珈琲」でした。

以来四半世紀、私は時空を漂い、面影を、流れる言葉を探し続けています。

私にとっての「海軍さんの珈琲」のように、「海軍さんの珈琲」が、「フクバタケ」で出会う何かが、誰かの時空を開く鍵になることができれば、これほどうれしいことはありません。