菅生寺(龍門寺別院龍華台院)
御本尊 阿弥陀如来
創 建 奈良時代
開 基 義淵
宗 派 高野山真言宗
菅生寺(すごうじ)は推古天皇、天智天皇、後醍醐天皇の勅願時といわれ、奈良時代の名僧義渕僧正が龍門寺と共に、龍門寺別院龍華台院として、今から1300余年前に天下の霊峰龍門山の麓に建立された由緒高い名刹です。
長い歴史のなかで廃滅寸前になった菅生寺ですが、昭和58年、夢に導かれてこの寺を訪れた北海道小樽の尼僧三條妙節師によって復興し、当時の面影を今に伝えています。
境内には県指定文化財となった五輪塔ほか、菅原道真公両親の墓、菅原道真公詩碑などがあり、現在は高野山真言宗寺院として、役行者霊蹟札所、ぼけよけ二十四地蔵札所にも数えられています。
龍門寺について
奈良県吉野町、龍門山(竜門岳)の南斜面、龍門の滝の上に、かつて荘厳な伽藍を誇った寺院・龍門寺が存在していました。現在はその跡地のみが静かに残され、往時をしのぶ礎石や史跡が、悠久の歴史を物語っています。
龍門寺の創建は7世紀後半と伝えられ、義淵僧正が龍蓋寺(岡寺)とともに、国家の安泰と藤原氏の繁栄を祈って建立したとされています。かつてこの地には、金堂・三重塔・六角堂・僧房などが立ち並ぶ一大霊域が広がっていました。
1952〜53年にかけて行われた発掘調査によって、塔跡や金堂跡の礎石が確認され、奈良時代初頭の瓦が出土。1954年には塔跡が奈良県の史跡に指定されました。また、参道近くには元弘3年(1333年)の銘をもつ重要美術品「下乗石」が現存しています。
龍門山は古来、仙人が棲む神仙境とされ、『懐風藻』にもその名が登場します。詩人・葛野王は「竜門山に遊ぶ五言詩」の中で、俗世を離れ仙道を志す想いを詠みました。また天台宗の陽勝は、「大伴仙・安曇仙・久米仙」の三仙人が龍門寺にいたと伝えています。特に久米仙人の奇譚は、今も語り継がれています。
平安時代には清和・宇多両上皇をはじめ、菅原道真、藤原道長らがこの地を訪れ、文人たちも龍門寺を仙人ゆかりの地として敬仰しました。
その後、南北朝の戦乱、応仁の乱による兵火など幾度もの戦乱を経て、寺は衰退し、やがて廃絶します。しかし、龍門寺とその荘園「龍門庄」をめぐる歴史はその後も続き、文禄4年(1595年)の太閤検地により、ついに寺領荘園としての性格は解かれました。
今日、壮麗な伽藍の姿は残されていませんが、静かな山道を登ると、そこには神仙の霊気を今に伝える遺構と、千年を超える歴史の記憶が息づいています。

